海事アカデミア2022
 印刷 2022年02月14日デイリー版1面

菅原汽船、検船リポート条項導入。裸用船者に提出義務化。徳島大正銀が提案。資産価値守る

 外航船主の菅原汽船(本社・広島県呉市)は、欧州オペレーターと締結した冷凍船の裸用船(BBC)契約において、用船者に定期的な検船リポートの提出を義務付ける新条項を導入した。BBC契約は用船者が船員配乗やメンテナンスなどの船舶管理を担うため、船主にとって保有船の状態確認が難しい課題がある。定期的な検船により、船主は保有船の堪航性(ワード参照)を守り、融資を提供する金融機関は担保価値の維持を図ることができる。検船リポート条項の導入は国内初とみられる。

 「船主として検船リポート条項は非常にありがたい。われわれにとって保有船は大切な資産であり、金融機関にとっては重要な担保だ。検船リポートは船の価値を守る上で大きな意味を持つ」

 菅原汽船の菅原勝利社長はそう語る。

 今回の検船リポート条項の導入は、ファイナンスを提供した徳島大正銀行(本店・徳島市)が提案。海運ブローカーのオーシャントラスト(本社・東京都)が欧州オペレーターとの交渉を担当した。

■リスク管理に有効

 今回のBBC契約は、欧州オペレーターが既存の冷凍船1隻を菅原汽船にいったん売却した後、裸用船するセール&リースバック(S&LB)案件。用船期間は10年間で、昨年12月下旬からBBCを開始した。

 検船リポートはBBC契約の開始時と、契約期間中に定期的な提出を求める。検船コストは用船者が負担し、第三者機関として英国の船舶検査大手IDWALマリン(本社・カーディフ)に検船とリポート作成を依頼する。

 検船費用は実施エリアにもよるが、1回当たり数十万円程度。リポートは菅原汽船と徳島大正銀行で情報を共有する。

 徳島大正銀行の天野嘉彦法人推進部長は「BBC案件の返船時における本船の堪航リスクを低減するためには、用船者の船舶管理能力を検証する必要がある」と指摘。

 その上で「これまでBBC案件の組成に当たり、用船者の船舶管理能力を確認するためにPSC(ポートステートコントロール)やオフハイヤー(用船契約の中断)の実績開示を求めることがあったが、なかなか応じてもらえないことが多かった」と現状の課題を挙げ、今回の新条項について「船の堪航性リスクをしっかり見ていくために定期的な検船リポート提出は非常に有効だ。裸用船者の管理能力の重要な判断材料になる」と意義を語る。

■スタンダードに

 オーシャントラストの昼田将司社長は「船主にとってBBCの最も難しい局面は用船者がデフォルト(契約不履行)を起こした時だ」と指摘する。

 BBCは用船者側が船員を配乗しているため、船主がデフォルトに対抗して船を取り戻そうとする際に多大なコストと労力を要する。

 「用船者の経営状態の悪化は、まず船のメンテナンスに如実に表れる。定期的な検船により、船主と金融機関が船の状態を把握しておくことは、万が一の事態に備える上でも効果がある。デフォルト時の初動の速さや行動の方向性に大きな差が出てくる」(昼田氏)

 菅原汽船は現在、保有船10隻強をBBCアウト(裸貸船)しているが、検船リポート条項の導入は初めて。

 菅原社長は「今回、用船者がこの条項を受け入れてくれたこと自体がメンテナンスに相当の自信があることを示しており、大きな安心材料になる。今回の素晴らしい縁を頂いた徳島大正銀行の皆さん、昼田社長に感謝している」と語る。

 昼田社長は「ぜひ検船リポート条項が日本のBBCのスタンダードになってほしい」と話す。

 「一見難しく思えるかもしれないが、世の中の標準は目まぐるしく変わっていく。例えばここ数年で、金融機関が融資対象船の制裁対象国への寄港の有無をチェックすることが当たり前になった。全ての船主や銀行が求め始めれば、それが常識になり、用船者も受け入れざるを得なくなる」(昼田氏)

■船舶管理の在り方に一石

 【解説】BBC契約では用船者がメンテナンスや船員配乗を含めた船舶管理を手掛けるため、従来、船主は保有船の品質の維持管理を他者に委ねている状態になっていた。

 船主には訪船の権利が認められているものの、現実的には対象船の定期的な状態確認なしに契約が遂行されている実態がある。特にコロナ禍以降、BBC船の状態確認は極めて難しくなっている。

 このためBBC契約中の堪航性リスクや、対象船の状態確認がないままでの融資実行については、これまでも船主、金融機関の間で問題提起されていた。

 昨今、船舶管理の重要性が叫ばれる中、今回の検船リポート条項は、用船期間中の定期的な状態確認を可能とする、革新的な一手となる。今後の用船者を含めた海運業界の船舶管理の在り方に一石を投じる契約になりそうだ。

(柏井あづみ)

 【ワード】

堪航性 船舶が航行予定海域で予想される通常の危険に耐え、安全に航行できる能力。船体、機関などの設備が通常の航海に耐えられるよう整備され、操船に必要な乗組員や必要な食料などが完備されている状態を指す。