海事アカデミア2022
 印刷 2021年11月22日デイリー版2面

国内船主の今】(290)重さ増す「安全責任」。邦船オペが用船ガバナンス強化

 「船主に課せられる安全の責任が年々、重くなっていると感じる。船舶管理能力が低いと見なされないよう、船員のトレーニングや船質の改善に力を入れていくしかない」

 11月中旬の昼下がり。電話取材に応じた瀬戸内の中堅船主の海技担当者は、こう語った。

 その上で、「昨年のモーリシャス沖、今年の八戸沖の座礁事故が大きな社会的インパクトをもたらした。これまで以上に船舶管理能力が厳しく問われてくる」と危機感を口にする。

■用船を定量評価

 久しぶりに対面取材した邦船オペレーター(運航船社)幹部も「船舶管理が本当に重要になっている。信頼できる船主、船舶管理会社を見定めなくてはならない」と安全管理強化の方向性を強調する。

 海難事故の発生時は、原則として船主が事故対応の責任当事者となる。しかし、沿岸域での油濁など、社会的インパクトの大きい事故では、用船者の社会的責任もクローズアップされてくる。

 特に近年、世界的にESG(環境・社会・企業統治)重視の潮流が高まる中、大手オペレーターに用船を含めた運航船隊全体のガバナンス(企業統治)が問われてくるのは当然の帰結だ。

 「ひとたび大事故が起きれば、われわれに対する信頼は吹き飛んでしまう」(邦船大手役員)

 一部の邦船オペレーターは今期、自社保有船の整備に力を入れようとしている。新技術のLNG(液化天然ガス)燃料船の整備が進んでいることに加え、自社での船舶管理による安全強化の狙いもあるようだ。

 海運大手3社は運航船隊440―800隻強のうち、船主からの用船が約6割を占める。リーマン・ショック前の海運バブル期、瀬戸内船主からの用船を積極活用することで、有利子負債を抑制しながら船隊拡大を実現した経緯がある。

 大手オペレーター幹部は「これまでは財務改善のために、とにかく用船に頼らざるを得ない部分があったが、今期の好業績で自社船への投資という選択肢も出てきた」と発言。膨らんだ用船比率を一定程度、引き下げる可能性を示唆する。

 別の邦船オペレーター役員も「当社の安全の文化が根付いている船員の方がやはり安心感がある。自社の船員プール以外からの乗組員は、どうしても安全面のリスクが存在し得る」と自社管理への信頼感を口にする。

 船主のスクリーニング(選別)もデジタル技術により、緻密に定量化されつつある。

 日本郵船は現在、用船フリート情報一元管理システム「SHiNRAI」の構築を進めており、ほぼ完成にめどを付けた。同社の船舶監査活動NAV9000による評価に加え、船級協会の推奨項目、PSC(ポートステートコントロール、寄港国検査)の検査成績、タンカー・ガス船の検船プログラムSIRE、豪船舶格付け大手ライトシップのスコアといった第三者評価情報をオールインワンで網羅する。

 短期用船を含めて用船フリート各船の過去から現在までのさまざまな成績が一目で把握できるようになり、よりきめ細かい用船情報の管理が実現する。

■航海計画と堪航性

 英国では10日、最高裁判所が今後の船主の船舶管理実務の見直しにつながり得る、次のような判決を下した。

 「欠陥のある航海計画(ワード参照)は、“不堪航”(船舶が安全に航行できる能力がない状態)に相当する」

 同裁判で争われたのは、2011年に中国・厦門沖で発生した大型コンテナ船「CMA CGM LIBRA」座礁の事故責任。1審、2審、最高裁と全て荷主側の勝利で終わり、同船のオーナーオペレーターだった仏CMA―CGM側の主張は退けられた。

 一般的に船主は用船契約で、船舶の「堪航性」(船舶が安全に航行できる能力)を維持する義務を負う。

 堪航性は従来、船体の強度やエンジンの整備状況などハードの物理的健全性を指すことが多い。しかし、今回の判決は、乗組員が航海ごとに策定する「航海計画」というソフト面も、堪航性を左右する重要ファクターであることを明確に示した。

 勝訴した荷主側の英弁護士事務所Clyde&Coは「これは特筆すべき判決だ」と意義を強調。海難事故の法的責任に詳しい戸田総合法律事務所の青木理生弁護士は「船主にとって、かなり厳しい判決といえる」と指摘する。

 海難事故では、例えば船員の操船ミス(ナビゲーショナルエラー)が原因だった場合、「航海過失免責」を定めた国際条約に基づき、貨物の損害賠償請求を提起されても免責となる。

 一方、堪航性の欠如は免責の対象とはならない。つまり今後、海難事故時に航海計画の不備が見つかれば、堪航性の責任主体として、船主に貨物の損害賠償責任が問われる恐れが出てくる。

 こうしたリスクを回避するため、船主には保有船の航海ごとの航海計画の正確性を詳細に確認する必要が生じる。数十隻の船舶を保有・管理する大手船主の場合、海技者の作業負担が増大する可能性がある。

 ある瀬戸内の中堅船主の役員は「10年前よりも航海計画は厳しく問われるようになっている。かつては船だけでプラン策定が完結していたが、当社では現在、船と陸でダブルチェックしている」と話す。

 船舶の大型化に伴い、海難事故も大規模化し、船主に求められる安全責任は厳しさを増している。ただ、対価となるべき用船料にはその負担増が必ずしも反映されておらず、船主は苦悩を深めている。

 【ワード】航海計画(パッセージプラン)

 船主や船舶管理会社が定める安全管理マニュアルに基づき、乗組員が策定する航行プラン。危険区域・航行禁止区域を確認した上で、出発地から目的地までの最適航路やスケジュールを設定する。

(国内船主取材班)

=毎週月曜掲載